書の起源『2回目のジャポニズム』

書の起源『2回目のジャポニズム』

回目のジャポニズム 第二次大戦後に日本の書道界では、前衛書道(墨象)という新しい書の分野がうまれました。前衛書家が活躍する1940年~1960年頃にはアメリカやヨーロッパでは前衛芸術運動が起こり、多くの芸術家が新しい表現を模索していたため、両者は交流を持ち、海外の前衛芸術家たちは日本の書や、美術に強く影響を受けたようです。

『ピエールアレシンスキーから書家森田子龍への言葉』
われわれが価値のある表現というのは、自発性によるものであって、冷たい計算の消化によってではない。あなたの歩みとわれわれの歩みが結ばれているのは、この点、自発性においてであります。

『アンリ・ミショー ムーヴマン 1950年』
先日、ピエールアレシンスキーの展覧会がありましたが、日本の書の影響を受けたのは、彼だけではありません。1940~1950年ごろの抽象画には、日本の書を取り入れた作品が多くみられます。アンリ・ミショーは元作詞家で、漢字に惹かれていたそうです。墨を使用した作品も多く制作しています。

『ジョルジュ・マシュー 無題 1957年』
1950年以降の作品には日本の書を多く取り入れた作品を多く制作しています。また、1957年には来日し、展覧会を行っています。特に墨跡から影響を受けたようです。

『ピエール・スラージュ』
ピエール・スラージュは1958年に来日しており、来日後の作品には、塗るのではなく、余白をもった筆の動きを想起させる作品を多く制作しています。

『アントニ・タピエス』
アントニ・タピエスはジョルジュ・マチウと共に来日しており、1955年頃から作品制作のため東洋的哲学を学んでいたようです。

『ロバートマザウェル』
1950年以降の作品では構成が単調に変化しており、滲みや墨がはねたような作品を多く書いています。
制作において禅宗美術や書の自発性を意識していたようです。

『フランツ・クライン』
学生時代から書に興味を持ち、書道雑誌「墨美」を購読していたようです。黒と白のみで構成された絵画を多く制作しています。

『アンドレ・マッソン』
元はシュールレアリズムの画家です。漢詩(漢字)に興味を持ち、書の影響を受けた作品を制作するようになりました。同じく書の影響を受けた画家フランツ・クラインと交流があったようです。

『ジャクソン・ポロック』
彼は書の影響を受けていませんが、無規則な動きは多くの画家が取り入れていきます。書の動きがアクションペインティングを想起させ、他の抽象画家が書の影響を受けるきっかけになったのかもしれません。

書の起源/アートスクール銀座・南青山書画院